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被災地を訪ねて

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東日本大震災からはや三年。
初めて被災地と呼ばれる場所を訪ねてきました。

いわきから国道 6 号を走ると、
市内にも津波の被害を受けた所があり、
新しい家が立っているところもあれば、
今も更地が残っていたりするところもありました。

DSC03850_R.JPG

いわき市域を抜けた頃、異様な雰囲気が漂いはじめます。
クルマやバスに乗っている人は殆どが作業員の格好をしています。
すれ違うバスの行き先には 1F とか 2F と書いてあります。
(1F は福島第一原発、2F は同第二原発の略ですね)。
バスは廃炉作業者を運ぶものと思われます。
またあちこちに作業員宿舎と思われるプレハブの大きい建物があり、
入り口には大手ゼネコンの JV (共同企業体)の看板がありました。

火力発電所、J ヴィレッジのある広野町を経て楢葉町へ。
国道沿いにある道の駅は双葉警察署の仮庁舎として使われていました。

更に北上して富岡町へ。
南側から一般人がアクセスできる最終地です。
ただし、現在も居住制限区域・避難指示解除準備区域となっていて
宿泊することができないとのこと。
富岡駅入口の少し先からは帰還困難区域になっていて、
この先は許可を得た人しか立ち入ることができません。

街中はほとんど無人。
時折クルマやトラックが通りますが、ほとんとがマスクをした除染作業員と
除染後の土砂等を運ぶもののようでした。
町内では「本格除染」が始まり帰還を促すものと思われますが、
現状では正に「死の街」といってふさわしいものと思います。

街の外れにある富岡駅に行ってみました。
津波に襲われた当時のまま手付かずになっています。

想像を絶する光景でした。
言葉が浮かびませんので画像を幾つか載せておきます。

DSC03873_R.JPGDSC03864_R.JPGDSC03867_R.JPG

今回、初めて「現実」を直視しました。
いろいろ考えさせられることはありましたが、
ここではあえて自分の考えは述べないことにします。

最後に、震災の被害者の方へ謹んで哀悼の意を表します。



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